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東京高等裁判所 昭和39年(う)1287号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

<前略>

所論は要するに、道路運送法第二四条により、発地または着地のいずれかが事業区内に存する場合の運送すなわち事業区域外にわたる運送も許容されているのであるが、右は同条による事業区域外運送の原則的な禁止に幅を持たせてこれを違法行為としないとしたに過ぎないのであつて、運送事業者に事業区域外への運送の権利を与え義務を課したのではない。帰するところ事業区域外への運送をなすかどうかは運送事業者の任意に委されているというべく、区域外への運送申込に対しこれを受諾しなければならないという受忍義務はない。もし運送事業者に事業区域外の運送申込に対し諾否の任意性が認められないとすれば、運送事業者は他地域の取締法視にも精通しなければならないこととなり、運送事業者にそこまでの法令の認識を要求するのは苛酷に失するというべく、この点からしても同法第二四条は運送事業に対し事業区域外運送の受忍義務を認めたと解すべきではないことは明らかである。本件においては、被告人の勤務している台東タクシー株式会社は「東京都のうち特別区の存する区域」に限り事業免許を受けているのであるから、被告人は同免許区域内において運送をなす義務があるけれども同区域から千葉県市川市への運送の申込を受諾しなければならない法律上の義務は負担していないのであるから、市川市への運送の申込を拒絶した被告人の本件所為を違法とし罪に問うことはできないと主張するのである。

よつて案ずるに発地または着地のいずれかが事業区域内に存する場合の運送すなわち事業区域外にわたる運送はすでに道路運送法第二四条により適法とされているのであり、しかして運送事業者が運送の引受を拒絶し得る場合として同法第一五条が制限的に列挙した事項中には事業区域外にわたる運送は含まれていないのであるから、事業区域外にわたる運送が運送の引受を拒絶し得る事由となり得ないことは法文上明らかである。法が事業区域外にわたる運送を許容したのは例外的措置であるから、運送事業者が事業区域外にわたる運送をなすかどうかはその任意に委されており、事業区域外への運送申込を受諾しなければならない義務はないとの所論は、運送法の公共性――事業区域外にわたる運送の適法化は、一定の事業区域について事業免許が付与される制度(同法第四条第二項、第二四条参照)に対する例外な措置ではあるが、事業区域外での運送を全面的に禁止することによつて生ずべき運送の機動性と経済的合理性に反する事態を緩和しようとする現実の必要性に基づくものであつて、ひとしく運送法の所期する窮極の目的(同法第一条参照)に副うものであり、公共性を有する――を無視するものであり、採るを得ない。なお事業区域の内外によつて道路運送法または道路交通法に関する府県条例等が規定の内容を異にする場合の存することは、条例等の性質上考えられるところであるが、運送事業者としては当然これらの条例等も知つておるべきであり、これを要求するのは酷であるとして事業区域外にわたる運送の申込を拒絶できるとするのは当を得ない。以上の次第であるから論旨はいずれも理由がなく、原判決が本件運送申込(上野駅から千葉県市川市までの申込であり、市川市は事業区域の一部である江戸川区とは川をはさんだ対岸である)を拒絶した被告人の所為を正当な理由がないとして処罰したのは相当であり、本件控訴は棄却を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により、主文のとおり判決する。(裁判長判事長谷川成二 判事関重夫 金末和雄)

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